主に食糧や輸入制度(豚肉の差額関税制度)の問題点などについて解説しています。

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現実のものとなりつつある自由貿易交渉(EPA・FTA)と予測される国産牛肉への影響


今月号は、養豚業界とも関連する肉牛の話題であるが、輸入豚肉に関して少々興味深い状況となっていることを最初にレポートしたい。 

近年、輸入冷凍豚肉の対日輸出国ランキングで異変が起きている。 2015年度から冷凍豚肉の輸入量で、スペインが米国を抜いてデンマークに次ぎ第2位となっており、2016年度の冷凍豚肉輸入量はデンマーク約11万7千トン、スペイン約9万トン、米国は約6万2千トンとなっているのである。(但しチルドポークを合わせた輸入量は米国産豚肉が27万トンと、依然として米国が最大の輸入先となっている。)

その主たる理由は、高級なイベリコ豚にある。・・・とは言え、輸入量の大部分は通常の白豚でありイベリコ豚は、白豚輸入のためのコンビの相方に使われているだけなのである。ご承知の通りイベリコ豚は、高価格であるため分岐点価格(524円)で加工原料用の冷凍豚肉(バラ、ウデ、カタなど)をより多く輸入できるという構図なのである。当然、高級な国産銘柄豚とイベリコは競合するとともに、安いスペイン産の加工原料である冷凍豚肉の輸入量が過去5~6年間で3~4倍と大幅に増加しているのである。これらについての詳細は、後日レポートしたいと考えている。

さて、本題に戻ろう。 先月号では、日米自由貿易交渉と豚肉の差額関税に関してレポートしたが、今回はEPAやFTAが成立した場合、輸入豚肉と同様に大きな影響がでそうな牛肉に関して考察してゆきたい。

去る5月11日に筆者は、肉牛飼養頭数が21万頭と北海道の4割強、日本全体の1割弱を誇る北海道十勝地方の中心都市である帯広市で、肉牛生産者・畜産関係者の依頼で“自由貿易の波と畜産の将来”との表題で単独講演を行った。会場には十勝管内の首長、議員をはじめ大変多くの畜産関係者が来場され、今後予測される自由貿易交渉と我国の畜産に与える影響についてというテーマで2時間という長い時間を熱心にお聞きいただき、また講演後の質疑応答でも予定時間をオーバーするほど多くのご質問をいただいた。
本来TPPに対して断固反対だった当地の農協をはじめ生産者の多くの方々は、今回の米国のTPPからの撤退を率直に喜び、加えて現在の素牛価格の歴史的高値も相まって、長く続いた不安から解放され心から安堵しているような感じが見て取れた。しかしながら、一部の方々は、このような状況下においても、緊張感を忘れずに今後起こりうる自由貿易化について、特に日米FTAについて更に知識を深めたいという事で、筆者に講演を依頼されたとのことであった。

おりしも、5月11日には、かねてから「米国産農産物の輸出増加のために叩く、第一のターゲットは日本である」と主張していたロバート・ライトハイザー氏が米国上院においてUSTR(米通商代表部)代表として正式に承認され、いよいよ日米2国間貿易交渉が現実に視野に入ってきたほか、トランプ大統領が「大惨事」と呼んだNAFTA(北米自由貿易協定)からの撤退を含む見直しも、さらに進むであろうという状況である。

さて、帯広市での講演の内容であるが、“予測されるFTAの今後の動きと肉牛需給への影響”という事で、また、特に北海道十勝地方にどのような影響を与えるのかについて予測・解説したのだが、それ以外にも本誌先月号でも述べた“日米交渉と豚肉差額関税”や、“国産素牛価格と枝肉価格の見通し”、“国産牛枝肉価格の高値と焼肉店など消費への影響”、“北海道産牛肉の輸出”、“豪州WAGYUの状況”、“北海道産オーガニックビーフについて”、“中国の世界的食肉需給と我国への影響”などなど、実に幅広く、かつ数多くの解説と質問への回答を行った。

今月号においては誌面の都合もあるため、目下、関連業界において関心の高い“FTAの動きと肉牛需給への影響”について要点をまとめて説明したい。最初に今後の日米2国間交渉とTPP11(米国抜きTPP大筋合意国)交渉、そして日欧EPAの土台となる旧TPP(大筋合意12か国)に関して牛肉に関係する合意内容を見てみよう。

牛肉と牛内臓に関する旧TPP大筋合意内容

  • 牛肉:38.5%関税を初年度27.5%とし、9年間で均等削減(▲0.833%/年)
  • 10年目で20%、その後5年間で均等削減(▲2.2%/年)、16年目で9%とする
  • 牛肉のセーフガードSG: 略
  • 牛内臓:12.8%を初年度6.4%、12年間で均等削減(▲0.533%/年)、13年目で無税化
  • 牛タン:12.8%を初年度6.4%、10年間で均等削減(▲0.64%/年)、11年目で無税化

これらの大筋合意の内容は、簡単に言うと日豪EPAの条件から更に踏み込んだ形であるが、16年という国内対策には十分な長い期間をかけて、徐々に牛肉の関税を9%に低減化させるというものであった。また、これまで何かと問題の多い我国の豚肉の差額関税制度についても、スライド関税化し、難を逃れたとの感が否めない実に巧妙な農水省のTPP農業交渉であったと筆者は考える。 しかしながら、現在はせっかくまとまりかけたTPPがオジャンとなりTPP11になんとかつながってはいるという真に不本意な状態となっているのである。

ところで、先月号でも述べたが去る3月1日に米国トランプ政権の通商政策アジェンダがUSTRから発表されたが、基本方針、重要目標として、アメリカ・ファーストを全面に押し出した形で、以下の項目などが挙げられている。

  • 「基本的には多国間交渉ではなく、2国間交渉に集中する」
  • 「米国の利益に合わない過去に締結した通商協定に関しては再交渉をし、その内容を改訂する」
  • 「米国の労働者などに対して不利益となる外国の不公正な貿易慣行に対しては、見て見ぬふりをすることはできない」
  • 「外国市場において、農産物を含む米国の輸出を阻む不公正な貿易障壁を破壊すること」
  • 「現状の貿易協定を、必要に応じてその時代や市場環境に合うように改定すること」
  • 「米国内及び外国市場で米国の利益が、最も公正に扱われるように全ての米国の労働者、農業生産者、牧場経営者、サービス業者、その他の大小の事業者を強く擁護すること」

“TPP大筋合意を上回る2国間合意を目指す”と主張するライトハイザーUSTR代表だが、筆者が見るところ牛肉に関しても「自動車の輸入関税を日本の牛肉関税38.5%とした方が良い」と選挙期間中にトランプ大統領が発言したようにTPP交渉よりもはるかに厳しい内容になる可能性が高いと考える。

その場合に考えられる事は、まず関税引き下げ期間の短縮と関税率の大幅引き下げか撤廃であろう。牛肉関税を“16年かけて9%にする”のが旧TPPの合意内容であったのだが、米国側の要求ははるかに厳しい内容になるのは十分に考えられる。

具体的にはUSTRが今後どのような条件を我国にねじ込んでくるのかは今のところはわからないが、確実に分かることはそれによって、我国の肉牛の生産は以下のような2重苦に陥る可能性が高いということである。

1、牛肉関税の急激な削減や撤廃 ⇒ 輸入牛肉相場の下落(特に米国・豪州WAGYUが脅威)
2、牛肉関税収入(補助金原資)の減少1,000億円がゼロに!? ⇒ 国産牛肉コスト高と価格上昇・生産者の利益減少

牛肉の関税が下がれば、輸入牛肉のコストが下がるため、輸入牛肉相場の下落という流れは誰でも理解できる事であろう。また、事情通の方々は、国産牛、特に黒毛和牛は輸入牛とは異なる高級マーケットを形成しているため輸入牛の関税の影響はほとんどないとする考えも多くあると思う。 

しかしながら、昨今拡大の一途をたどり推定輸出量2.5万~3万トンと言われる豪州WAGYU(主として交雑牛)の動きみると、我国の牛肉関税の下落は国産牛(交雑牛や乳牛オス)とバッティングする可能性がある豪州WAGYUの輸入増につながる可能性が高いと筆者はみているのである。

次に特定財源として法律に規定され肉用子牛等対策費等(表参照)に使われている牛肉の関税収入(牛関収入)が、減少する問題について述べてみたい。この牛関収入の明細は表のとおり、近年は約1000億円程度となっている。これが、牛肉関税が現行の1/4の9%になれば約250億円、免税となれば0円となってしまうのである。

○表  肉用子牛等対策費等の推移(単位:億円)
肉用子牛等対策費等の推移
(資料)農林水産省 牛肉等関税収入と肉用子牛等対策費について(平成28年度予算)

牛肉関税収入を原資とした補助金の減少は、単純に言って肉牛生産コストの上昇と生産者の利益の減少を招き、肉牛生産者の廃業によって生産量の減少を招くと考えられるのである。そして、生産量の減少は国産牛価格の上昇を招き、それに付随して低率関税での豪州WAGYUの輸入量の増加が予測されるのである。また、養豚関連の補助金の原資も一部この特定財源から出ていることもあり、問題は単に肉牛生産者だけにとどまらないのである。

また、もし仮に差額関税制度を維持する見返りとして、米国側から牛肉の関税を大幅に削減するなどといったFTA交渉がなされた場合には、差額関税維持という名をとるか、牛肉関税収入という実をとるか、まさに王手飛車取りの厳しい局面も予想されるのである。

豪州WAGYUの輸入予測についていえば、豚肉においても高級豚肉であるイベリコの例や米国産黒豚などの例などを見るまでもなく、今後の輸入量の増加を示唆しているのである。 特に養豚業界に関していえば、分岐点価格を超え低率関税で輸入される高価格豚肉やチルドポークが増えることにより、ますます差額関税制度が機能しなくなり、気が付いたら全て低率関税での輸入となっている将に“茹でカエル現象”となってしまう事を筆者は非常に危惧しているのである。

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