主に食糧や輸入制度(豚肉の差額関税制度)の問題点などについて解説しています。

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解説“日欧EPA大枠合意”2019年発効へ


読者の皆様もすでに各種報道でご承知の通り、去る7月6日、日本とEUの経済連携(日欧EPA)が4年以上に及んだ交渉の末にブリュッセルでの日欧首脳会談で大枠合意した。 日・EUのEPA交渉は2013年4月に開始され、一時は昨年12月には合意に至るのではないかとの憶測もあったが、対EU輸出額の16%を占める乗用車や自動車部品の関税撤廃(現行10%)を求める日本と豚肉や乳製品などの関税撤廃を求めるEUとの間で合意できなかった過去があった。日本は輸入車の関税は既に撤廃しており、不平等な状況がある。

今回の交渉の最終局面でも、欧州の自動車関連の関税撤廃と日本側のチーズなど乳製品やワイン、豚肉などの農産品の市場開放が焦点となっていたものの、2014年にEPAが発効した韓国が日本と競合する自動車等でEU域内のシエアを着実に伸ばしている現状もあり、日本側の強い意志もあって、大枠合意に達したということである。 

最終的に大枠合意に至ったEUの主要農産品は、日本の輸入障壁がとりわけ高いものであるが、今回は意外にもマスコミなどでTPPなどと比べ予想されていたほど大きくは取り上げられなかった。いつも大きな反対運動がおこる農産物の輸入自由化問題だが、欧州では、我国で問題化しやすいコメの生産量が少なく輸出余力がほとんど無なかった事や、どんな国際交渉でも本能的に米国嫌いの活動家が、今回は米国不在のため騒ぎ立てる事がなかったのが、大きな話題にならなかった主たる理由であろうと筆者は考えている。

今回はじめて使用された「大枠合意」とは、日欧EPAの27分野のうち中核部分である貿易・関税などの協議が決着したということであり、日欧の隔たりが依然として大きいISDS条項(投資家と国家の紛争解決条項)などの交渉は、先送りとなっている。従って実のところは完全合意とは言えないのであるが、日欧EPA交渉最終日の翌7月7日にドイツで開催されたG20首脳会談前に、自由貿易堅持の姿勢を打ち出したい日本が合意時期を早めることを提案し「大枠合意」として発表したという流れなのである。

この点に関していえば、G20参加各国の首脳を前に“大枠合意”と発表できた目下国内問題山積の安倍首相としては、久々に失点を挽回できた気持ちであったのは想像に難くない。今後は日欧の隔たりが大きく時間がかかる問題を引き続き交渉し、最終合意後に議会の承認などが順調に行けば、1年半後の2019年初頭には世界のGDPの約28%を占める巨大な自由貿易圏が出来上がることになるわけである。

この日欧EPAが発効すれば、約2,700品目の農林水産物のうち80%超の関税を無くす予定であり、TPPに匹敵するレベルの市場開放となるわけで、特に欧州産の牛肉・豚肉・食肉加工品(ハム・ベーコン・ソーセージなど)・鶏肉・乳製品(チーズ、アイスクリームなど)の関税が軽減ないし撤廃されることになる。そのためチーズやワインなど多くの農産品の値下がりが期待でき、我国の量販・フードサービス業界などには少なからぬ恩恵が期待できそうである。その反面、国内の酪農産業にとっては厳しい競争にさらされることになる面も予想される。

今回の日欧EPA大枠合意の食肉関連の内容に関して言えば、基本的には2015年10月に大筋合意に至ったTPPとほぼ同じレベルである。日欧EPA発効によって豚肉の価格が若干下がり影響を受けることがあるのは否定しないが、牛肉や鶏肉の場合は、EUからの輸入量は非常に少なく2015年度の輸入実績は牛肉985トン鶏肉600トンと、どちらも我国の全輸入量の0.2%以下であるためほとんど影響はないと推測している。 

冷凍豚肉は牛肉や鶏肉に比べEUからの輸入量が格段に大きく314千トン(2016年度、全輸入量の35.8%)であるが、TPPや日欧EPAのマスコミ報道で危惧されたほどの大幅な価格の下落は無いであろうというのが筆者の予測である。 我国の農水省のEPA交渉担当官はTPP同様に関税が急激に大きく変わらないように非常に上手く交渉をまとめたのではないかと筆者は考えるのである。 

さて、前置きはこのくらいにして、本稿では今後食肉に関して大枠合意に達した日欧EPAがこれから批准され発効した後にどの様な影響があるのか具体的に考察し解説を試みたい。最初に日欧EPAによって関税が482円/kgから125円/kgに大幅に下がると言われる豚肉、次にハム・ソーセージなどの豚肉製品(豚肉調製品)について述べたい。

1)どうなるEPA発効後の豚肉価格

EPA大枠合意の豚肉関税:
TPPの条件と同様に、従来の差額関税の機能、分岐点価格(部分肉524円/kg)を維持したまま、従量税と従価税の混合税(スライド関税)に移行する(図1参照)。従量税については現行の482円/kgを初年度から4年間125円、5年目から70円/kgとし、その後は均等削減(▲4円/年)10年目から50円/kgとする。従価税部分は、現行の4.3%を初年度2.2%とし10年目に無税とする。一定の条件を越える豚肉の輸入があった場合はセーフガード(SG)が発動される。
SG発動条件:
1-2年目は過去3年間の112%を超えた場合
3-6年目は同116%を超えた場合
7-11年目は同119%を超えた場合

なお、コンビネーション輸入においてはSGが発動されたとしても、分岐点価格(524円/kg)は変わらず、従価税率が1.8%~2.2%上昇するだけであり影響は非常に小さいのでSGの詳細は割愛する。筆者は、何のためにこのような影響の非常に小さいSGがいわば形式的に導入されたのか、まったく意味が分からないのである。 なお今回のSGの導入とともに従来の関税緊急措置(分岐点価格が653円/kgに跳ね上がる今まで“SGと呼ばれていた制度”)は廃止されることになる。

結論を先に言えば、豚肉価格に関する限り、当初の10年間はほとんど影響が無いと言えるのである。一部のマスコミなどでは、「482円/kgの従量税を初年度125円/kg・10年度以降50円/kgに大幅に下げたことは大変な譲歩だ」などと非難するような論調もチラホラみかけるが、それらは全くの大誤解である。

なぜなら、現行の豚肉差額関税制度で482円の従量税が適用されるのは輸入価格がキロ当たり63.53円以下すなわち100g当たり6.53円以下と極端に安い豚肉に対してであり、箱代やパック代、運賃・保険費用のコストを払うと豚肉の価値がマイナスになるような、アリエナイ価格に設定されていることから、今まで482円の従量税で輸入された実績が無い。そのような単に見せかけだけの従量税であるにもかかわらず、実情を知らない一部の新聞記者やテレビのレポーターなどは、上述の通り「大幅な譲歩」と報道する訳なのである。

図1 豚肉のスライド関税 EPA発効後
出典: 農水省発表資料を基に筆者が作成。注)EPA発効時の従量税125円と10年後の従量税50円を図に示し、SGの動きと5年後従量税70円は図が煩雑になるため省略した。

実際には高関税率の差額関税を回避するためにコンビネーション輸入(コンビ輸入)という豚肉特有の節税輸入方法によって、現行の輸入関税が実質的にはほぼ22.53円/kg(分岐点価格524円 x 4.3%)となっており、それがEPA発効後には実質関税が11.53円/kg(分岐点価格524円 x 2.2%)になるだけだからである。 すなわちほとんどが分岐点価格で輸入されている現在の冷凍豚肉の関税と日欧EPA発効後の関税では、たったの10円/kgしか差が無いのである。

なお、EUから輸入される豚肉は船積み期間が長いためチルドポークの輸入実績は非常に少なく、イベリコやマンガリッアなど高級豚肉以外の大部分はハム・ソーセージなど加工原料となる冷凍豚肉であることから、国内加工のハムやソーセージの製造コストがほんの少しだけ下がる可能性があると考えている。

2)EPA発効以降のハム・ベーコンなど豚肉調整品への影響は?

豚肉調整品(ハム、ベーコンなど):差額関税の従量税部分と従価税を初年度▲50%、10年間で均等削減、11年目で無税化
豚肉調整品(シーズンドポーク・トンカツ・餃子など):20%を5年間で均等削減(4%/年)、6年目で無税化
豚肉調整品(ソーセージ):10%を5年間で均等削減(2%/年)、6年目で無税化

今回のEPA大枠合意で大きく変わるものとして予想される内容は、豚肉調整品にかかる関税の低減化である。特に今まで、豚肉調整品にもある差額関税によって国内ハムメーカーをキッチリ保護して来たハムやベーコンの関税が10年後には撤廃されるという事になったのである。日欧EPA大枠合意の内容が豚肉調整品の輸入に与える影響に関しては、国内メーカーで使われる加工原料用の輸入冷凍豚肉の関税と密接に絡んでくるが、筆者の予測は以下の通りである。

2-1 ハムやベーコンなど豚肉調整品の差額関税

農水省の管轄する農産物の関税の算出は差額関税やSG(セーフガード)など非常に複雑なものが多い。このハムやベーコンなど豚肉調整品の差額関税についても専門家でさえもなかなか理解し難い点が多いため、差額関税の説明は省略し結論を先に述べよう。

ハムに関して言えば、鮮度の問題などがあるため生ハムを除き加熱加工したハムを冷蔵コンテナー船で輸入する事はほとんどないはずである。また、冷凍したハムは食味が良くないためそれほど多く輸入されるとは思えない。また、量販店でも冷凍ハムを主婦が喜んで購入するとも考えられない。従ってハムの輸入量は大きく増加しないと考える。もちろん分岐点価格(897.59円/kg)以上のイタリア産プロシュートやスペイン産ハモンセラーノなど生ハム類であれば8.5%関税が4.3%関税となるため多少コストは安くなる。(図2参照)

ところが、フードサービス業界で多く利用されるベーコンやチャーシューなどは冷凍コンテナでの輸入が増加する可能性がある。 特に輸入価格が700円/kgの場合の差額関税を関税率に置き換えてみると、EPA発効の初年度から29%から14%弱に下がり、800円/kgであれば16.8%から8.4%程度に下落する。もちろんこちらも分岐点価格(897.59円/kg)以上の高級ベーコンやイタリア産パンチェッタなどであれば8.5%関税が4.3%関税となる。

図2 ハム・ベーコン輸入価格別関税率
 農水省発表資料を基に筆者が計算し作成
(注:関税が最も低くなる分岐点価格は897.59円/kg)

2-2 その他豚肉調整品(ソーセージ、点心類、トンカツ等の加工食品)
ソーセージは既に10%関税となっており、これが6年目に無税となったとしても元々の関税率が低く、現行と比べて大きな影響は無いと思われる。しかしながら、ソーセージの本場であるドイツなどのソーセージメーカーは今回のEPAをきっかけに日本への輸出チャンスととらえて攻勢をかけてくる可能性がある。 トンカツや餃子など豚肉加工食品(現行20%従価税)に関してだが、これは主要冷凍食品メーカーがあるのが日欧EPAとは関係のない中国であり、ソーセージ原料のシーズンドポークも米国など日欧EPAとは関係ない国からの輸入が大半であるため現状では大きな影響は無いと考える。。

いずれにしても、今回の日欧EPA大枠合意によって、豚肉の対日輸出で後れをとる米国やTPP11のカナダ、メキシコ、チリなどや、乳製品の対日輸出で後れをとるNZなどは、日本とのEPA(経済連携)・FTA(自由貿易協定)を急ぐものと考えられ、更なる自由貿易の波が我国に押し寄せて来ることは火を見るよりも明らかであると考える次第である。

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