主に食糧や輸入制度(豚肉の差額関税制度)の問題点などについて解説しています。

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視界きわめて不良- 暗雲立ち込める米国のTPP承認


TPPが昨年10月5日に大筋合意に至って早くも10ヶ月が過ぎようとしている。 読者の皆様も良くご承知の通り、TPPが正式に発効するためには、GDPで全体の62%を占める米国と16%を占める日本の批准は絶対に不可欠であるが、特に現在大統領選挙と議会選挙戦の真っただ中にある米国議会での承認が、TPPの今後を決定づける鍵を握っている訳で、その選挙戦の動向が注目の的となっている。 

去る7月19日に東京赤坂の東京財団で開催された“アメリカ大統領選:トランプとヒラリーはどちらが強いか?全国党大会と本選挙の展望”(座長:久保文明 東京財団上席研究員、東京大学法学部教授)のシンポジウムで発表された分析では「民主党のヒラリー・クリントンが若干優勢だが、トランプも追い上げており、どちらが大統領に選出されるか現時点では分からない」。 

また、「TPPに関しては現在のところ両候補とも反対の立場ではあるが、国務長官時代にTPPを支持してきたクリントンが反対の立場となったのは、対立候補のサンダース(TPP反対を鮮明にしていた)に配慮せざるを得なかったためであった。したがって、クリントンが大統領に選出されれば、TPPが批准される可能性はある。しかしながらTPPに対して完全に否定的なトランプが大統領になれば批准されるのはかなり難しい」との見方を示した。

ところが、最新の米国の報道によると、たとえクリントンが大統領に選出されてもTPPの批准は困難なのではないかとの見方が浮上しており、状況は改めて厳しさを示唆している。7月25日から28日まで開催された民主党大会において正式に米国大統領候補に指名されたヒラリー・クリントンはTPP反対の立場を一層強く打ち出さざるを得なくなったため、今後TPP支持へと回帰する事が難しくなってしまったのではないかと言われているのである。

改めて状況をまとめると米国でTPPの批准ができない恐れがある理由は以下の通りである。

1)オバマ政権下での批准は困難になった
米国連邦憲法では上下両院が外交通商条約を交渉・決定し批准する最終的な権限をもっているが、民主党も共和党も上下両院の幹部がTPP採決に反対の姿勢を示しているのである。民主党大会の期間中に民主党下院の院内総務であるナンシー・ペロシが、TPPへの反対を明言した。同様に、共和党の下院議長であるポール・ライアンも、年内のTPP審議に、悲観的な見通しを示し、加えて共和党上院のマコーネル院内総務は、「TPP法案を通すための政治的環境は、知る限り最も悪い。年内の採決は絶望的」と民主・共和ともに上下両院はTPP反対に傾き、オバマ政権のレームダック期間(本年11月~来年1月)を含めた採決に反対の姿勢を示している。

2)次期政権での批准も困難
「グローバル主義よりもアメリカ主義」と述べ海外との係わりよりも国内を重視するトランプは、非常に保護貿易主義的であり、先述の通りもちろんTPPには強く反対している。7月21日に開催された共和党大会で大統領候補に正式に指名されたトランプは、「米国経済の低迷は、これまでのお粗末な貿易協定に問題があるとし、TPPは米国の製造業を壊滅させるだけでなく、米国を外国の支配下に置く協定であり、署名しない」と明言。 クリントンも「今のままではTPPに賛成できない」(すなわち修正できれば賛成する)と繰り返し述べていたが、クリントン夫妻の友人であるマコーリフ バージニア州知事がマスコミ取材に対し、「クリントンは現在TPPに反対しているが、いざ就任すれば賛成に立場を変える」と党大会直前に発言したことが大誤算となった。そのため、民主党大会のTPP反対派による混乱を避けるため、クリントンは、「選挙の前後を問わず、TPPには反対する」と明言せざるを得なくなってしまったのである。

3)TPP推進議員が減少
これまでTPPに好意的でTPPの議会審議に必要なTPA(大統領貿易通商権限)の成立にも賛成した数少ない民主党議員であるティム・ケーン上院議員が、民主党大会でクリントンより副大統領候補に指名されたが、そのケーン上院議員も指名後の演説において、TPPへの反対を鮮明にせざるを得なかった。この事が示すことは、戦後初めて通商問題が争点となった大統領選で、不幸にもTPP反対が主要なテーマとなってしまっている事である。従って、2年後の中間選挙をにらんで、民主・共和の両党の議員が現在のTPP反対との公約を大統領選挙が終わったからといって急に変える訳にはいかないという事情がある。

このTPP反対の流れに対して、ホワイトハウスのシュルツ副報道官は、7月29日の定例記者会見で「オバマ大統領は、TPPはアメリカの企業や労働者に有益な政策だと考えている」と、議会の承認を年内には取りつけたいとの考えを改めて示した。また、今回の交渉をまとめたUSTRのフロマン代表は6月末のワシントンでの講演で「TPP発効の遅れは米国にとって高くつく!」と強調し、最近の日経新聞などのインタビューで「参加12か国の再交渉は困難」と指摘。依然、年内結着を目指す考えを強調した。しかしながら、筆者は、これらの発表はオバマ政権の危機感の表れであり、TPP批准への道のりは非常に困難で、ヘタをすると米国の批准不成立になる恐れすら強く感じている。

以前も記述したが、米国は自国のウィルソン大統領が推進し第一次大戦後に発足した国際連盟にも不参加で、環境問題(温暖化防止)の京都議定書条約や国連海洋法条約なども締結していないなどの前例がある。従い、今回のTPPに対しても批准しないこともありうるわけで、その場合は規定によりTPPは空中分解し、不成立となるのである。

日本の立場としてはどうなるのか?「日本政府は再交渉には絶対に応じない」(安倍首相)の立場を堅持する。オーストラリアなど他の加盟国もおおむね同じと聞いている。また、7月末現在でTPP参加国での承認の手続きが終わった国は無く、こう着状態に陥っているとも伝えられている。もし米国が原因でTPPが不成立となった場合には、散々振り回された挙句に我国のTPP対策事業や助成金なども最終的に見直しとなるであろう。また米国の東アジア、東南アジアにおける経済上のプレゼンス(存在感)は薄れ、中国がますます台頭してくるであろう。本当に政治と外交の一寸先は闇なのである。

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