主に食糧や輸入制度(豚肉の差額関税制度)の問題点などについて解説しています。

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2017年8月12日

“輸入冷凍牛肉に唐突なセーフガード(緊急関税措置)発動”
各方面に悪影響を与えるSGの機械的な発動に困惑と疑問

去る7月28日に突然冷凍牛肉のセーフガード(SG)が実に14年ぶりに8月1日より発動され、一部の輸入牛肉の関税が38.5%から50%に上昇する事になった。SGの影響を受ける北米産の冷凍輸入牛肉を多く食材に使用する牛丼チェーンや焼肉店、ファミレスチェーン、冷凍牛肉の加工品を多く販売する大手スーパーなどでも先行きの仕入れ価格上昇への懸念が広がりつつある状況となっている。

SG(セーフガード)とは我国への農産物などの輸入が急激に増えた場合に関税を高くして輸入を抑え我国の生産者を守るという仕組みである。牛肉以外にも豚肉などにもSGがあるが、牛肉の場合は冷凍牛肉と冷蔵牛肉それぞれにSGが設定されている。今回発動された冷凍牛肉SGについていえば具体的には、現在我国とEPA・FTA(経済連携・自由貿易協定)の未締結国である米国・カナダ・NZなどから輸入される冷凍牛肉のみに高い50%関税が適用されるということであり、すでに我国とEPA・FTAを締結している豪州やメキシコなどはSG対象外ということである。

SGの発動条件を説明すると、牛肉の輸入量が四半期ごとに全世界からの輸入量の前年対比117%を超え、同時に未締結国(SG対象国)からの輸入量が同117%を超えた場合にSGが発動される。 図1をご覧いただきたい。財務省の第一四半期(4~6月)の輸入統計が発表されるのが、7月下旬であるため今回は8月1日からSG実施となった。SGが実施されると年度末(翌年3月末)まで高率関税が続くことになる。

図 1 SG発動の仕組み

次に表1をご覧いただきたい。これは筆者が今回のSGがどのようにして起きてしまったかを分析したものである。

表1 2017年第一四半期SG発動分析
                          単位: トン  

さて、最初に表の下から3行目「未協定国合計」をご覧いただきたい。今年の第一四半期の輸入実績は37,823トンと昨年同期より7,500トン増加し、SG発動数量(昨年の117%)の35,468トンを2,355トンもオーバーしている。次に表の一番下の「全世界合計」をご覧いただきたい。今年の第一四半期の全世界からの輸入量は89,253トン、SG発動数量は89,140トン、従ってSG発動数量をわずか113トンほどオーバーしているに過ぎないのである。 

そのため“EPA未締結国からの輸入量”も“全世界からの輸入量”も前年比117%超というSG発動条件に適合してしまったのであるが、年間28.5万トンもの冷凍牛肉を輸入している我国にすれば「たった113トンオーバーしただけ!」で本年度の残り8か月を高率関税が適用されてしまったということである。まことに機械的かつ理不尽というほかは無いが、関税暫定措置法という法律で決まっている事から、こうした事例の発生を無くすためには法律を変えてもらうしか他に手はないのである。

いずれにしても、22年も前に導入されたこの“輸入制限措置”をわずか113トンの輸入過多を理由に機械的に発動した今回のSGに対する困惑と批判の声は米国や日本で広がりつつある状況となっている。 

実のところ、筆者はSG発動どころか、逆に昨今の牛肉価格高騰に対して、畜安法(畜産物の価格安定に関する法律)の消費者保護の観点から牛肉関税の減免が行われる可能性もあると考えていたのである。図2を見ていただきたい。これは、畜安法の安定上位価格と安定基準価格の推移と省令規格(去勢牛B2・B3)枝肉価格の関係を表したものである。 牛肉価格の暴騰から消費者を保護するために設定されている行政価格である安定上位価格を2013年から牛肉の省令価格は上回りはじめ、近年は大幅に上回っている事がお分かりいただけよう。

出典:省令価格‐農畜産業振興機構(ALIC)、安定価格‐食料・農業・農村政策審議会

この畜産物の価格安定制度は畜安法に基づき牛肉や豚肉に対して制定されているものだが、安定基準価格を下回った場合は、生産者保護のためALICによる市場からの買い入れ(調整保管)が行われ、枝肉相場の底上げが行われる。 逆に安定上位価格を上回った場合には、牛肉は(独)農畜産業振興機構ALIC(旧畜産振興事業団LIPC)からの保管食肉の売り渡し、豚肉の場合は関税の減免措置と規定されている。 しかし、既にALICの調整保管も実施されていない現状では保管食肉の売り渡しなどありえないのである。

本来、畜安法の趣旨に忠実であれば、上がり過ぎた牛肉の相場を関税の減免措置などで安定上位価格以下に調整すべきところである。しかしながら、今回は逆にSGを機械的に発動して関税を上げるなど、大きく矛盾しており、何のための安定上位価格なのか? 食料・農業・農村政策審議会(旧畜産審議会)が答申し決定した安定上位価格に何の意味があるのか? 今回のSG発動は大いに疑問がある。 いずれにしても今回の牛肉高騰下でのSGの自動発動は、畜安法の重要な趣旨の一つである消費者保護を完全に無視した施策であると強く思っている次第である。

また、表1からは興味深い事にカナダからのバラとカナダ・アメリカからのカタ・ウデ・モモの輸入が大きく増加し今回のSG発動の原因の一つとなっている事が見て取れよう。一説によると、本年から中国が米国産牛肉の輸入を解禁したため火鍋によく使われる牛バラ(ショートプレート)や肩ロース(チャックロールなど)の先高を見越した食肉会社が大量に仕入れたためにSG発動となってしまったとのうわさも一部ではある。

今後牛肉の消費量の一層の増加に伴い昇り龍の勢いのある中国に比べて、このところ我国の牛肉輸入大国としてのステータスは落ち気味である。 先日、ある牛肉輸出国の大手パッカーと話す機会があったのだが、事実近年の日本の存在感は中国に押され気味であるとの事であった。 ショートプレートなど競合するアイテムの買い付け競争が今後さらに激化する可能性がある中で突然発動されたSGであるが、それによってますます日本のステータスが落ちて中国に買い負けするケースが増えるのではないかと筆者は危惧しているのである。

次に今回のSG発動で影響を受け牛肉関税が50%になった主要牛肉輸出国は、経済連携協定(EPA)未締結国である米国、NZ、カナダであり、3か国で実に我国の全輸入量の4割強を占める。そのため、今回のSGに対して、かねてから牛肉の関税が高いと主張していた米国のトランプ大統領やUSTRのライトハイザー通商代表に加えて、米国の強力な政治ロビーであるNational Cattlemen’s Beef Association (NCBA: 全米肉牛生産者・牛肉協会)や輸出団体である米国食肉輸出連合会(USMEF)から相当の貿易圧力があり貿易摩擦が発生する可能性が高いと考えている。

出典: 財務省貿易統計を筆者がグラフ化

さて、今後の国内の状況であるが、我国で影響を受けると思われるのは、米国産冷凍牛肉を多く使用しているフードサービス業界であり、特に以下の業態が最も大きな影響を受けると考えられる。
焼肉店: バラ系部位(ショートプレート、ショートリブ、チャックリブ)ロイン系部位
牛丼チェーン:バラ系部位(ショートプレート)
ステーキ店: ロイン系部位 (ストリップロイン、リブアイ、テンダーロイン)
しゃぶしゃぶ店すき焼店:チャックアイロール(肩ロース)やロイン系部位(リブアイ)

先日マスコミから受けたインタビューでも「これらの業態の店舗ではギリギリの単価で消費者に提供しており、企業努力で牛肉価格の吸収には限度がある。従って将来的には値上げは避けられないと考える。」と答えたが現状では安価な時期の在庫が使えても、将来的には関税上昇とともに価格が上昇する可能性が高いと考える。加えて、今回SGにならなかった冷蔵牛肉(チルドビーフ)についてだが、筆者は将来的には、こちらもSGになる可能性が高いと予測している。

なぜならば、冷凍牛肉の50%高率関税を逃避するため、海外での包装費用や海上運賃や国内での作業性の悪さなどで多少はコスト高となったとしても、従来は冷凍で輸入していたショートプレートなどを冷蔵牛肉(チルドビーフ)での輸入に転換して38.5%で輸入し、国内で凍結保管(チルフロ)が増加するのではないかと考える。そうすると、早晩冷蔵牛肉のSG発動数量に達することも“無きにしも非ず”なのである。

出典: 財務省貿易統計を筆者がグラフ化

さて、最後に今回の冷凍牛肉セーフガード(SG)の状況をまとめてみよう。
1)SGが発動となり、2018年3月末まで冷凍牛肉の関税が38.5%から50%に上昇
2)SG対象国は、米国・カナダ・NZなど未協定国であり、豪州・メキシコは対象外
3)主として焼肉牛丼用の米国産などのバラ、ロイン、肩ロースに影響がある
4)冷蔵牛肉(チルドビーフ)の冷凍牛肉の代替輸入が増加した場合SGの発動もありうる
5)SGによって日本のステータスが悪化し、中国に買い負けする事が心配
6)米国などとの貿易摩擦に発展する可能性がある。
7)畜安法とSGを規定する関税暫定措置法には大きな矛盾があり是正されるべきである。

消費者保護の観点から、畜安法を順守するのであったなら、畜安法に規定される安定上位価格を省令価格が上回り、本来は関税の減免措置があっても不思議ではない状況でのSGは、自動的に発動されるべきでは無かったのではないかとの思いが強いのである。 このSG発表の翌日であったかと記憶するが、麻生副総理・財務大臣が、今回の機械的なSG発動に関し“(SG発動の判断・期間などについて)今後検討の余地があるのは確か”とのコメントを出したが全く同感である。

筆者が危惧した通り、我国のSG発動に対して7月28日に米国のバーデュー農務長官が日本を批判する声明を発表した。米国食肉輸出連合会(USMEF)も「米国の食肉生産者のみならず日本の外食産業にも悪影響を及ぼす」と表明しており、10月の日米経済対話に向けて更なる展開が懸念される。 本来SGは、経済力の弱い発展途上国に多く認められ、先進国でSG制度がある国は少なく、SGの発動もほとんどないと記憶している。自由貿易を国是として推進し、その自由貿易から利益を得ている我国がこのような事になったことを筆者は甚だ残念に思う次第である。      

以上

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