主に食糧や輸入制度(豚肉の差額関税制度)の問題点などについて解説しています。

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厳しい局面が予想される日米自由貿易交渉(FTA)と豚肉差額関税制度


TPPが2015年10月5日に大難産の末に大筋合意に至って早くも1年半以上が経過した。 ところが、ご承知の通りドナルド・トランプ大統領が選出され翌年1月には選挙戦中に強く主張していたTPP撤退が現実のものとなってしまった。現状では“6か国以上、加盟国GDPの85%以上”という条件が米国抜きでは満たされずTPPは漂流している状況である。その上、米国は、自らが一方的に離脱したTPPに代わるものとして2国間のEPA(経済連携協定)やFTA(自由貿易協定)を強く主張しはじめている状況である。

また、米国を除く他の11か国は、それぞれ温度差はあるものの、米国抜きでEPA条約(新TPP)を締結する可能性を模索していたが、このところ新しい動きが出てきた。すなわちトランプ政権がTPP11(米国抜き)を容認する事の確認ができたため、我国はTPP11成立に向けてカジを切ったという流れである。

本号では、去る4月18日に来日したペンス副大統領と麻生副総理兼財務大臣によって行われた日米経済対話を機に大きく浮上して来ているTPP漂流以降の自由貿易交渉(FTA)の動きの中で、特に米国産輸入豚肉と差額関税制度について考察を進めたい。

筆者は、「FTAやEPA(経済連携)に関して4月・5月に日米で大きな動きが出て来るのではないか?」との見方を本誌3月号で示したが、実際の動きとは、大きく異なってはいないし状況はますます厳しくなって来ていると考えている。

日米2国間協議に関しては、トランプ大統領から通商交渉の実務を取り仕切る通商代表部(USTR)代表に指名されたロバート・ライトハイザー氏が、3月14日の上院財政委員会の公聴会で「米国産農産物の輸出増加のための、第一のターゲットは日本である」「2国間貿易交渉によってTPPで交渉された内容を改善したい」と語り、日本の農産物市場の開放を更に迫る考えを明らかにした。

ライトハイザー氏は80年代のレーガン政権時代、USTRの次席代表として強硬的な交渉姿勢で知られ、当時の対日貿易交渉に当たったやり手の実務家である。 当時は、貿易不均衡の是正という米国からの強い外交圧力の結果、我国は自動車や電子機器などの輸出自主規制や米国における現地生産の拡大、牛肉オレンジ交渉(数量拡大、輸入割当撤廃)、米国産品の輸入割当の受け入れなどの妥協策によって、何とか貿易摩擦を回避した経緯があった。

ところで、去る3月1日に米国トランプ政権の通商政策アジェンダ(THE PRESIDENT’S 2017 TRADE POLICY AGENDA)をUSTRが発表した。このアジェンダ(課題項目)は米通商法に基づいて毎年3月1日までに議会に提出することが義務付けられているもので、それによると米国民は、先の大統領選挙でTPP撤退を選択したが、「それは自由貿易、開かれた市場に米国民が失望したからではなく、国際貿易から目に見える恩恵を受けることができなかった過去の政権に対して失望した事」が理由であるとして、以下のように今後の通商政策の基本的な方針を示した。

  • 「米国民にとって、より自由で公正なやり方で貿易を拡大すること」
  • 「今後の貿易上の措置は全て米国の経済成長を高め、国内雇用を創出し、貿易相手国との相互主義を促進し、生産基盤、防衛能力を強化し、農業やサービス業の輸出を拡大する事を目指すものである。」
  • 「そのための方策として、基本的には多国間交渉ではなく、2国間交渉に集中する。」
  • 「米国の利益に合わない過去に締結した通商協定に関しては再交渉をし、その内容を改訂する。」
  • 「米国の労働者などに対して不利益となる外国の不公正な貿易慣行に対しては、見て見ぬふりをすることはできない。

以上の通商上の基本的方針を踏まえ、集中的に取り組む重要目標として、「米国の労働者や事業者が、国内市場ならびに世界の主要市場で公正な事業の競争機会を与えられること」「外国市場において、農産物を含む米国の輸出を阻む不公正な貿易障壁を破壊すること」「現状の貿易協定を、必要に応じてその時代や市場環境に合うように改定すること」「米国内及び外国市場で米国の利益が、最も公正に扱われるように、全ての米国の労働者、農業生産者、牧場経営者、サービス業者、その他の大小の事業者を強く擁護すること」など10項目を上げた。なお、興味ある方は以下のUSTRホームページにアクセスすると原文があるので、ご一読ねがいたい。
https://ustr.gov/about-us/policy-offices/press-office/reports-and-publications/2017/2017-trade-policy-agenda-and-2016

米国と日本のFTA交渉となれば、当然標的とされるのは農産物と自動車という事になろう。“TPP大筋合意を上回る2国間合意を目指す”とUSTR代表になるライトハイザー氏は、去る3月14日の米国議会公聴会で明言したが、政策のトップに常に“アメリカファースト”を掲げるトランプ政権としては当然の事であろう。この様なことで、筆者が見るところ日米2国間協議がTPP交渉よりも相当厳しい内容になる可能性が多分にある。

また、先述のトランプ政権通商政策アジェンダにある“不公正な貿易障壁を破壊する”についてだが、かねてから通商政策やWTO農業協定に詳しい専門家が指摘する我国の「差額関税制度が、WTOの禁止する非関税障壁にあたる」こともあり、先述した議会公聴会でUSTR代表になるライトハイザー氏が「第一の標的は日本」と述べていることから、我国の豚肉の輸入制度が標的になっているのは明らかである。

筆者は、その背景には、強力なロビー活動で知られる全米豚肉生産者協議会(NPPC)が2014年8月14日付けで当時のビルサック農務長官とフロマンUSTR代表に送った要請書簡が大きく影響していると考えている。

この書簡の内容を要約すれば、「不公正な日本の差額関税制度は、脱税輸入などの犯罪行為を引き起こし、豚肉価格を押し上げる事によって日本の消費者を差別待遇し、海外での加工度を増して輸入価格上げるために日本の食肉加工業界に他のアジアの国々を生産拠点として目を向けるようにさせて日本の雇用をおびやかし、そして、WTO条約違反であり日本国憲法に違反しているとして元日本国政府高官から訴訟されているもの」であると強く主張しているものである。

自由貿易を標榜し恩恵を受けてきた日本が、WTO条約で禁止されている“非関税障壁”と同じ不公正な輸入制度を、世界中でただ日本だけが堅持してきた事は大問題であり、日米2国間交渉の中で、農業交渉はもとより、それ以外の通商交渉でも非常に不利な立場に日本が追い込まれることを筆者は強く心配しているのである。

米国は、様々な要因から、不公正な日本の非関税障壁を容認してきたが、繰り返しになるが、トランプ政権通商政策アジェンダにおいて、特に“農産物を含む”と強調した上で、「不公正貿易に見て見ぬふりはしない」とも述べており、差額関税制度は、通商交渉の日本のアンフェア・トレード(不公正貿易)の一大汚点として、厳しく追及される可能性が非常に高いと筆者は強く思う。かねてから筆者が主張して来た事であるが、日本政府としては、事前に自らの判断によって差額関税制度は即刻廃止・修正するという英断を下すべきであると考える。

ところで、以前も本誌で主張したことがあるが、ここで筆者が常々考えている差額関税制度について現状を分析するとともに、制度撤廃後の豚肉輸入関税のあり方について述べてみたい。

表をご覧いただきたい。 これは主としてソーセージや餃子、ハンバーグなど加工原料に用いられる米国産冷凍豚肉の主要品目(ウデ肉:Picnic, Cushion meatなど)の価格帯に対し、厳密に差額関税を当てはめた場合の関税率を計算したものである

表 米国産豚肉主要品目の関税額 (現行の差額関税による)
米国産豚肉主要品目の関税額

表に示す米国産豚肉主要品目は、米国から輸入される豚肉(250円~450円の価格帯)の8割以上を占めており、その価格帯から関税率を計算すると21.45%~118.61%、この平均は63.01%と高率関税となっている。これは牛肉の現行関税率38.5%より高くなっている。 

この表から分かる差額関税制度の矛盾点の一つとして、関税額が豚肉部位によって従価税換算税率は一律には決まらず4.3%~746.94%と他の輸入品目には見られない極端な関税率の格差が生じている。

また、差額関税制度では、従量税の存在を強調するために64.53円以下の豚肉に482円/kgの従量税が適用されている。しかしながら、従量税が適用されるキロ当たり64.53円以下の豚肉は、現実には労務費、包装費用やトラック費用、輸出通関費用、国際海上運賃など輸出諸費用も全く出ない、実際には存在しえない輸入価格に設定されているのである。なお、その場合の従価税換算税率は、計算上では746.94%~∞とあり得ない数値になる。

このような、輸入申告価格に対して税率や税額が一定に定まらない輸入制度は関税とは呼べないのであり、すなわち非関税障壁(最低輸入価格制度)に他ならないのである。

もちろん、現状の豚肉輸入ではこのような高率な輸入税は徴収されていない。ご存知の通り、コンビネーション輸入でほとんどの豚肉が分岐点価格524円/kgで輸入申告されているため、結局は最低関税である22.53円/kgしか課税されていないのである。それゆえ、本来は枝肉やフルセット価格において機能する差額関税制度は、コンビネーション輸入の下では全く機能していないザル法となっている。 それに加えて、差額関税制度は輸入者の脱税を誘引し、米国など海外の豚肉輸出企業がその脱税を幇助しているとの大きな批判にもなっているのである。

我国の生産者は「ハムソーメーカーに不利で、生産者に有利である」と誤解しているが、機能しない現行の差額関税制度は、善意の第三者として最低関税で輸入された加工原料豚肉を購入するハムソーメーカーとしては、あまり大きな問題とはなっていないのである。 その証拠にハムソーメーカーは、表向きは一応“差額関税制度廃止”を主張しているが、その声は弱く、全く盛り上がりに欠けているのである。 

従って、筆者としては、我国の養豚生産者を重視し、日米交渉に当たるためには、表に示す厳格に差額関税を米国産豚肉に適用した場合の税率(平均63.01%)を米国側に示しつつ差額関税を撤廃する代わりに、我国の豚肉の関税を当初は15~20%の従価税(輸入価格350円/kgで計算すると50円~70円/kgの関税額)またはそれに見合う従量税(50円~70円/kg)になるような交渉をすべきであると考えるのである。

そうなれば、我国の総関税収入は例えば50円/kgの従量税にしただけで、現行(約170~180億円)の2倍以上である約380~400億円になる計算だ。これが例えば70円にした場合では3倍以上の約530~560億円となり関税が増えることになる。この増税部分は、現行の牛肉関税収入が、主として繁殖牛の補助事業に使われているのと同じように、国内養豚や中小ハムソー対策に使う財源として確保すべきであると考える。

単純に考えてみても、関税収入が増加することは、関税障壁が高くなり生産者には有利になるという事になる。既に遅きに失しているかもしれないが、全く機能しない非関税障壁(差額関税制度)を捨て去って、その代わりに有利な関税化に向かう最後のチャンスであると筆者は思う。我国の養豚生産者は、ただ手をこまねいていいては、非常に不利な状況に向かうと筆者は心配しているのである。本稿を良くご理解いただいた上で行動を起こすべきであると強く思う次第である。

以上

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