主に食糧や輸入制度(豚肉の差額関税制度)の問題点などについて解説しています。

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依然として吹き荒れるトランプ旋風! TPP以後の新たな日米2国間交渉の行方は?


読者の皆様もすでによくご承知の通り、去る1月20日にドナルド・トランプ氏が正式にアメリカ合衆国第45代大統領に就任した。その3日後の1月23日には、就任後最初の大統領令にサインしてみせるパフォーマンスを演じたのだが、それが日本をはじめ他のTPP 交渉参加国が最も危惧していた米国のTPPからの永久離脱をUSTR(米国通商代表部)に命令するものであった。TPPを今後の経済発展の大きな推進力と考えていた安倍総理や我国の輸出関連業界の困惑と失望は察するに余りある。

今回の米国のTPP永久離脱宣言により、先行きが全く見通せなくなってしまった状況ではあるが、今後アジア太平洋地域全体の一大貿易圏を作り上げる上ではTPPは最も重要な基礎であることは不変であると考える。現状立て直しのためには、まずは現在のTPP参加各国が自国での承認を完了させつつ次善の策を探るという動きで進めるべきであろう。すなわち、米国抜きのTPPやインドや中国が参加主導するRCEP(地域包括的経済連携)を十分に視野に入れながら前向きの姿勢をくずさないことが肝要であろう。

2月10日の安倍首相とトランプ大統領との首脳会談は、予想以上の大成功であった。日本出発前までは安倍首相もトランプ大統領をTPPに引き戻すべく強く説得し再考に持ち込む心積もりであったが、想定以上に親密な態度を示すトランプ大統領の対応ぶりや数々の日本や安倍首相に対する極めて好意的な発言に改めてTPPについて説得がやりにくかった部分は多々あったと推察できるわけである。

今回の首脳会談で今後の日米間の貿易通商協議は、麻生副総理とマイク・ペンス副大統領の間で行われるとの合意がなされた。良好な友人関係を構築しつつある安倍首相とトランプ大統領の間では、2国間の利益がぶつかり合う生臭い貿易交渉はしないという事は日米双方にとって上手いやり方であるのは確かだ。

トヨタやホンダの工場があるインディアナ州知事だったマイク・ペンス副大統領は、来日経験が豊富な知日派と言われている。 もともと自動車関税がゼロな我国が譲歩できるのは排気量別となっていて大排気量が多いアメ車が不利な自動車税の減税くらいである。このような副大統領が相手では、日本の自動車メーカーはひと安心しているのではないだろうか。…とすると、我国が2国間協議でアメリカに譲歩できるのは貿易交渉では農畜産物以外は無いはずである。アメリカの食肉業界や金融業界にはユダヤ人系移民が多いと言われており、ユダヤ系を重視するトランプ政権としては十分に力を入れて交渉に臨んで来ると筆者は考えている。

トランプ大統領は自国内の雇用を確保するため、メキシコ、カナダとの自由貿易協定であるNAFTAの見直しを主張しているが、再交渉は1対1で個別にやるとの考えである。これらから推測しても分かるように今後の日米交渉は1対1の2国間FTA協議にならざるを得ないと考える。そうなれば多国間協議のような逃げ場が全くなくなることから、当然交渉は厳しいものにならざるを得ないのは間違いないであろう。TPPの延々と続いた難交渉の結果、畜産物にはほとんど影響がでない形で勝ち取った果実も元のもくあみになるのである。

去る2月7日のワシントン発の報道によれば、米国の牛肉と豚肉の生産者団体は日米首脳会談の前にトランプ大統領に対して日米自由貿易交渉(FTA)を早急に始めることを求める書簡を連名で送っている。この書簡には、「もしTPPが発効していれば対日輸出が増えて約9,000人の雇用が創出されたはずだ」と指摘し「早急にFTAを通じTPPよりさらに有利な条件で輸出できる手続きを確保することが、米国の牛肉豚肉業界にとって優先事項である」としFTAの重要性を述べた。また、「豪州にますます遅れをとらないように、すぐに行動するよう」強く表明している。

米国の畜産団体が日米FTAを求めるのは、豪州に比べて高い関税によって対日輸出競争で不利な立場に置かれているためである。現在米国産牛肉の関税は38.5%であるが、豪州産牛肉は、2015年に発効した日豪FTAによって30.5%となっている。このため、2015年の牛肉の対日輸出は、豪州が前年比2.8%増だったのに対し米国は12.3%減であった。米国畜産業界はこのようなことに危機感を更に強めたわけだ。

一方、我国の農業・畜産関係者も不安を感じないわけではない「せっかく苦労してTPP交渉を切り抜けた感じなのに日米FTA2国間交渉になればTPPを超える関税の引き下げになるのではないか?」というわけで、状況はさらに厳しくならざるを得ないと不安におびえているとの話も聞こえてくる。我国としては今後TPPをあきらめることなく追求して行くことが基本スタンスであると考える。いずれにしても降りかかる火の粉は払わねばならないのだから、来るべきFTAにはしっかりと対応して行かねばならないと考える。
今まで述べたことをまとめると、トランプ政権が今後どの様な動きを見せるか非常に不確定要素が多いが、アメリカファーストの主張からすると筆者の予想は次の通りである。

  • TPP大筋合意をベースに日米2国間のEPA(経済連携)交渉の可能性は如何に?
    トランプ大統領が選挙期間中に批判発言していた安全保障(在日米軍費用負担増)、自動車(日本車への増税)はほぼ無くなったと思われる。 今後は米国が最も競争力がある農畜産物(牛肉・豚肉・コメなど穀物)の日本の関税のさらなる引き下げと輸入増などの要求や、円高政策への転換要求が激化する可能性が非常に高いと思われる。
    2月10日の日米首脳会談は友人関係を両首脳とも重視したため、大きな話題とはならなかったが、トランプ大統領の今までの対日批判を考えると麻生副総理・ペンス副大統領交渉の中で早々(4月中?)に日本側の譲歩が要求されるものと思われる。

 

トランプ大統領は、その選挙期間中の過激な発言に関して、このところ少しずつ軌道修正をして来てはいるが、先述のとおり今ではTPPが息を吹き返す可能性は極めて考えにくい状況になってしまった。このような厳しく目まぐるしい動きが今後の我国の畜産業界に対してどのような影響を与えてくるのか大いに気になるところだが、日米2国間交渉によるさらなる農畜産物関税の引き下げなどの見地から、短期的には米国産の輸入食材全体のコスト低下という形になり外食業界には恩恵であろう。

しかしながら、農畜産業界にとっては新たな試練の始まりであり、さらなる切磋琢磨が求められる事になろう。すなわち、世界で知られている最高品質の食肉、果物、野菜などをもっと強力に海外の主要市場に拡げていくべきであろう。 この2・3年、政府や生産・加工団体等によるオールジャパン的な動きが活発になりつつあることは大いに良しとすべきではあるが、まだまだ本当に腰を据えた動きとは感じにくい部分があるように思える。

外国の主要な食肉や農産物輸出国には、自国の産品市場を拡大・確立する目的で、自力で市場調査から販売促進まで行い、これを支える資金も生産者を含む畜産関連企業が負担する輸出課徴金(Export levy)で確保し、幅広く活動している強力な団体がある。米国食肉輸出連合会USMEF、豪州食肉家畜生産者事業団 MLA、カナダポークインターナショナル CPIなどである。

これまで専守防衛に徹し、関税や非関税障壁で保護されてきた日本としては世界市場の捉え方やそれらへの対応を、改めてこれら農畜産物輸出国からしっかりと学習すべきであろう。国内の生産体制、輸出体制の改善・改革は当然重要であるが、海外市場への対応の仕方も同様に重要かつ緊急事項であることは言うまでもない。世界中を揺り動かす大きな経済の新しい潮流を乗り切っていくためには新たな覚悟と行動がこれまで以上に求められる状況になってきているのである。
http://www.bbc.com/japanese/video-38674987

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